公開日 2024年7月9日 最終更新日 2024年7月25日
読み切り掲載時から
圧倒的な注目と支持を集めた今作
京都アニメーション放火殺人事件を彷彿とさせることで
現代性のある強いメッセージ性がありましたね
全ての表現者の心を揺さぶる展開に
作品読後に放心状態になった人も多いはず
作者の藤本タツキ先生は構成力が非常に高いのですが
今回はそこを重点的に考えてみることにしましょう
映画版とマンガ版の比較もあるので
楽しんで分析していきます♪
※全編ネタバレがあるので、映画や原作を未視聴な方は
作品を確認後に読んでくださいね
『ルックバック』はどんな作品なの?
ここは作品の背景の説明なので、興味のない方は飛ばしてOKです!
マンガ版『ルックバック』は、2016年 から 2018年に『少年ジャンプ+』で『ファイアパンチ』、2019年1号より『週刊少年ジャンプ』(集英社)で『チェンソーマン』で名を馳せた若き天才漫画家である藤本タツキ氏による長編読み切り作品です。WEB公開当時から話題になり、多くの著名漫画家が評価をしたことでも有名です。
この度、アニメ化するにあたって監督・脚本・キャラクターデザインを押山清高氏が担当しており、2024年6月28日に全国劇場にて公開された。アニメーション制作はスタジオドリアン。
彼の代表作は『電脳コイル』、『フリップフラッパーズ』などです。
今作は二人の若き天才が主になって、制作されているということですね。
原作者:藤本 タツキ【1992年10月10日(31歳)】
監督:押山 清高【1982年1月3日(42歳)】
※2024年7月現在
劇場版『ルックバック』は公開初日から3日間の興行収入でランキングで1位を獲得。動員が13万人、興行収入は2.2億円突破しました。
また、映画料金も一律1700円と特殊で話題になり、さらに上映時間も58分と短く、異例な映画作品です。
短いにも関わらず見応えがある秘密は、物語の展開数とシチュエーションカーブの影響が大きいです。
今回はその秘密を解き明かしていきましょう。
ただその前に、絶賛の声の中に混じっている響かなかったという意見の原因から探ってみます。
劇場版『ルックバック』が面白くなかった人の理由とは?
あなたは映画を観る時に何を期待しているでしょうか?
映画館に赴き大画面で作品を楽しみたい人にはハリウッド映画のような迫力ある物語を望んでいる人が多いと思います。
派手で見応えのあるできごとや美しく流麗な描写を売りにする作品はハイコンセプトと呼ばれています。つまり、企画として面白い物語を指します。
もう一方で、フランス映画や一部の日本映画のような人間の感情の移ろいに注目した作品はソフトストーリーと呼びます。
ハイコンセプト→企画力の高い派手なできごとを売りにする成功物語(マンガだと少年漫画に多い)
ソフトストーリー→人間ドラマの重厚な変化を売りにする成長物語(マンガだと少女漫画に多い)
もちろん、物語にはどちらの要素もありますが、比重の置き方が違います。
さて、それでは本作のログラインを見てみましょう。
ご覧いただいたように、今作は典型的なソフトストーリーに属します。
なので、映画館で大迫力のアクションや派手なできごとを期待していた人にとっては退屈を感じてしまう可能性があります。
また、ドラマ重視の今作は主人公の藤野や京本に感情移入できなかった場合も同じく物語に入り込めない恐れが高いです。
逆にいえば、冒頭5分で藤野の境遇に入り込んでしまった人はずっと感情を揺さぶられ続けることになるでしょう。主に自分の夢に向かって足掻き苦しみ悩み葛藤した全ての人です。
また、今作は藤野と京本二人のバディ要素(相棒もの)もあるので、夢を一人で追いかけ続けている人にとっても感情移入できない場合があります。
劇場版『ルックバック』が面白くなかった人の理由を整理すると以下のようになります。
1.大画面ならではの派手で見応えのあるアクションを期待していた
2.夢に向かって立ち向かい葛藤し続けたことがない
3.仲間と一緒に夢を追いかけたことがない
他にも理由はあるでしょうが、作品には相性があるので周囲が評価しているからといって無理に話を合わせる必要はありません。
また、あなたがまだ若い場合は今は心に響かなくても数年後に見直すと評価が変わる可能性もあります。映画やマンガ、小説などの物語は自分自身の変化を知る指標にもなりますね。
それでは今作は58分と短いにも関わらず見応えがある秘密、物語の展開数とシチュエーションカーブについて分析していきましょう。
13フェイズ構造と汎用ストーリー構成を比較してみよう
↑画像クリックで拡大します↑
初めて13フェイズ構造や汎用ストーリー構成を知った方は驚いたかもしれません。有名な起承転結から、ここまで脚本術が発展していることに。
起承転結(楊載)→物語を4分割して構成する
13フェイズ構造(金子満氏&沼田やすひろ氏)→物語を13分割して構成する
汎用ストーリー構成(DK先生)→物語を15分割して構成する
それでは比較して違いを見てみましょう。
13フェイズ構造 | 説明 | 汎用ストーリー構成 | 説明 |
①日常 | どんなところで | ①登場 ②背景 | ①主人公について書く ②世界設定を簡潔に示す |
②事件 | どんなことが起こり | ③発端 ④目的 | ③異変・事件を起こす ④問題や課題を明確化する |
③決意 | どんな決意をして | ⑤初動 | 主人公の決意と覚悟をさせる |
④苦境 | どんな苦境にあい | ⑥障害 | 行動させて試練にぶつける |
⑤助け | どんなヒントをもらい | ⑦助力 | ヒントや助けを得させる |
⑥成長 | それが苦境を呼び | ⑧達成 | 成果と成長を実現する |
⑦転換 | 新しい糸口が見つかり | ⑨難問 | 新たな問題を発生させる |
⑧試練 | しかし新たな困難が | ⑩無縁 | 助け無しで苦境に挑む |
⑨破滅 | 破滅へ向かい | ⑪窮地 | 危機と絶望を味わわせる |
⑩契機 | 工夫により明るさが | ⑫光明 | 逆転と起死回生の一手を示す |
⑪対決 | 対決成功 | ⑬勝負 | 最終課題と対決・対峙させる |
⑫排除 | 障害の排除にも成功 | ⑭結末 | 決着と結果を示す |
⑬満足 | すべての満足を得る | ⑮閉幕 | おまけで後日談をかいてもいい |
ご覧いただければわかるように、13フェイズ構造と汎用ストーリー構成は非常に強い互換性があるので、物語の構成や分析をする際には使いやすい方を選んでくださいね。ちなみに同じ目的を持って成長すると自然と似ていくことを収斂進化と呼びます。
それぞれの構成方法の特徴についての詳しい解説記事はこちらにあります。
もっと詳しく知りたい方は以下の方法が考えられます。
13フェイズ構造→書店や図書館などで書籍の購入や閲覧可能
汎用ストーリー構成→DK (@game_sennin)で詳細を紹介
13フェイズ構造と汎用ストーリー構成で『ルックバック』を分析してみよう
それでは今回は13フェイズ構造と汎用ストーリー構成を参考にして分析していきます。
まずは『ルックバック』の物語の全体像を分割してみました。
↑画像クリックで拡大します↑
図のようにシチュエーションカーブがW曲線(起伏)を描き、それぞれの幕に必要な物語の要素が入っているので、一時間弱という上映時間でありながら見応えのあり満足感が高い作品に仕上がっているのです。
ちなみにこの曲線になるのは偶然ではありません。面白い映画作品のほぼ全てがこのW曲線を持っています。簡単に特徴を説明しましょう。
1.物語の第二幕前半で作品の娯楽的な面白さが表現されている
2.物語の半ばで大きく局面が変化する
3.物語の第二幕後半で大きく状況が落ち込む
4.徐々に物語の感情・度合いが拡がっていく
もし、「本当かなー?」と疑念を抱かれるのであれば、一度時計を見ながら映画を観てみてください。面白い物語の根底に共通する構成があることに驚かれるはずです。
さて、それでは各要素毎に何が描かれているかを確認していきましょう。
※構造による分割(区切り)は人によって解釈が分かれるので、絶対視しないようにお願いします。
①日常(どんなところで)/①登場 ②背景
夜の田舎(山形県)の一軒家の二階。灯りが付いている部屋で机に向かいマンガを描いている小学四年生の少女・藤野歩。ペンで描いては消しゴムで消して描き直し、少しでもクオリティを高めようとしている。
学校で学年新聞が配られる。そこには藤野の描いた四コママンガが二本掲載されている。藤野は5分で描いたとうそぶき、クラスメイトの賞賛を浴びて優越感に浸りながらも、将来はマンガ家になるかスポーツ選手になるか迷う。藤野は運動神経も良いらしい。
その後、職員室に呼ばれ先生に四コママンガ二枠の内の一つを不登校の少女・京本に譲って欲しいと頼まれる。藤野は「シロウトや軟弱者にマンガは描けますかね?」と皮肉の笑み。
映画は冒頭からマンガとは異なる場面で始まります。
藤野が一生懸命マンガを描く様子を丁寧に描写することで、マンガが彼女のアイデンティティであることを表現しているのです。映画では机に鏡を置くことで、後ろ姿を映しながらも真剣な表情を浮かべる様が見て取れます。
また、クラスメイトにマンガ家になれると評価される場面で、藤野は運動神経も高いことに触れられています。ここは後の展開に重要な意味を与えている伏線です。
藤野はクラスメイトに一目置かれる存在。それが彼女の日常です。
マンガ家になるのはあくまでも選択肢の一つ、また調子に乗りやすい性格がある点が藤野の抱える問題です。藤野はマンガを描き続けられるのか? これが作品のテーマになります。
映画で藤野の四コマ漫画が動き出したのはアニメならではで面白い表現でしたね。
②事件(どんなことが起こり)/③発端 ④目的
学年新聞に載った京本のマンガ。学校の風景を描いているだけの絵だが、プロ顔負けの圧倒的な画力を誇っている。クラスメイトもその実力に驚き、「京本の作品と並べると藤野の絵は普通だ」と評価する。
藤野自身も京本の絵に衝撃を受けて、自分のアイデンティティの危機を感じる。学校の帰り道、京本は不登校で絵の練習をする時間があることに気付く。
今まで安泰だった藤野の立場が脅かされる事件が起きます。今作は事件が起きるのが早いので物語がスピーディーに動き出し、観客の関心を掴むのが上手いです。あくまでも藤野にとっての事件ということで、彼女が今作の主人公であることがわかります。
少し自分の実力に自信を持っていたが、自分よりも達者な存在が現れて焦燥感を覚える経験は誰もがしていると思うので、藤野に共感しやすい展開ですね。
③決意(どんな決意をして)/⑤初動
「4年生で私より絵ウマい奴がいるなんてっ
絶っっ対に許せない!」
藤野は自分の前に現れた絵の上手い京本に負けないように努力する決意をする。ネットで絵が上手くなるための方法を調べ、書店で本を買い集め、机に向かってひたすら絵を描き続ける。
家でも学校の授業中でもリビングでも外でも。
時間は飛んで藤野は6年生になる。学校の友達には「絵を描くのを卒業した方がいい」、「中学でも描いているとオタクだと思われてキモがられる」と忠告される。
また、姉にも「マンガを描かずにカラテ教室に来るように」と諭される。
藤野のマンガに懸ける情熱が強く伝わる展開です。周囲に反対されても、彼女の決意は揺るぎません。数年間ずっとマンガのために努力します。
家族や友人に反対されても自分の夢を追いかけたことのある人には響く描写ですね。
あと一つ面白いのが、実は藤野はマンガという点では既にかなりのレベルの腕前があるということです。京本はあくまでも絵が上手いのであって、マンガが上手いというわけではありません。
ですが藤野は絵で負けたくないと思っているのが彼女らしさですね。
④苦境(どんな苦境にあい)/⑥障害
画力向上のために努力していた藤野だが、新しい学年新聞に載った京本の夏まつりの絵を見て心が折れる。
藤野は久しぶりに友達と放課後にアイスを食べたり、家族と一緒に映画を観たり、カラテ教室に通ったりする。ついに、ずっと続けていたマンガを描くのを辞めてしまう。
時は流れ卒業式の日に、教師に卒業証書を京本の元に届けるように頼まれる。
京本の家に訪れた藤野は、廊下に積み上げられた大量のスケッチブックを目にする。その上に置いてあった白紙の四コママンガを見て、思わず筆を走らしてしまう。
そのマンガには引きこもりの京本に対して「出てこないで!!」や「出てこい!! 出てこい!!」という絵が描かれていた。
思わず手を滑らしてしまい、4コママンガの紙は京本の部屋の中に吸い込まれていく。逃げるように京本宅から立ち去る藤野。
マンガを描くのを辞めて、様々な娯楽を解禁していますが、展開としては苦境になります。誰にも応援されていない中で藤野はマンガを描き続けられるのか? これが作品のテーマです。ちなみにここから第二幕に突入。
京本の部屋の前で藤野がマンガを描くシーン。
自分の才能に見切りをつけたはずなのに、思わず再び挑戦してしまうのが共感できますね。
それにしても、京本の部屋に続く廊下のスケッチブックの道。小学生離れした圧巻の画力の説得力がありました。
⑤助け(どんなヒントをもらい)/⑦助力
藤野を追いかけて、家から飛び出してきた京本。赤いちゃんちゃんこを着ている。
彼女は3年生の頃から藤野のマンガのファンだった。
テンションが高い京本にクールな表情を浮かべて対応する藤野。色紙がなかったため、ちゃんちゃんこの背中にサインを書いてあげる。藤野は「マンガの天才」だと評価される。
「なぜ、マンガを描かなくなったのか?」という京本の問いに「マンガの賞に出すため」とごまかす。その返事にもテンションが上がり期待する京本。話が出来たら見せると藤野は約束する。
雨の中の帰り道、藤野は徐々に感情が昂り、踊るように駆け出す。
家に帰り、ずぶ濡れにも関わらず机にかじりつきマンガを描く藤野。
苦境でマンガを描くのを辞めた藤野ですが、京本が実は彼女を非常に高く評価していたという事実に心動かされて復活します。京本の助けですね。DK先生の汎用ストーリー構成でいう『順風満帆パート』です。あと、京本は山形訛りが可愛いですね!
家族としか話していないから訛りが抜けていないという背景も感じられてキャラ造形が流石です。
第二幕前半は物語の中で、もっとも娯楽性が高い部分にあたります。脚本術の『SAVE THE CATの法則』では『お楽しみ』にあたる場面だからです。
映画の中で、ここのシーンが一番印象に残っている人も多いはず。
物語において、雨が降る状況は気持ちが沈む展開が起きる前触れや最中なことが多いのですが、今作は逆に雨に濡れて服が重くなったにも関わらず、跳ねるように歩む藤野の心情描写が見事ですね。
映画では「これぞアニメだ!」と感じさせる表現で心が震えました。
⑥成長(それが苦境を呼び)/⑧達成
中学生になった藤野は、再び教室でマンガを描くようになっていた。
ただ以前と異なるのは、家に帰ると京本が藤野のマンガの背景を手伝っていること。彼女は学校に行っていない。
一年掛りで作品を描き上げて、二人で集英社に持ち込む。
雪の積もった深夜のコンビニに、藤野と京本は訪れる。結果は準入選。賞金100万円。
二人は獲得した賞金を使って、街に遊びに行く。クレープを食べたり、映画を観たり。
帰り道に京本は藤野に感謝の気持ちを伝える。
「藤野ちゃん部屋から出してくれてありがとう」
その後も、二人は様々な場所に訪れては経験を元にマンガを描いていく。
また、京本は背景美術の道に関心を持つ。
この場面では、二人はマンガ家として大きく成長します。藤野が物語と人物を、京本が背景を担当しています。
藤野と京本が様々な場所に遊びに行ったり、一緒にマンガを作ったりする様子は映画を観ていて高揚感を覚えました。
特に、引きこもりで不登校だった京本が藤野と出会ったことをきっかけに社会的な成長をしている点は、とても感動的です。
ただ、映画版で繰り返し表現されていた、藤野が京本を引っ張っていく手と指が徐々に離れていく様子は少し嫌な予感を抱く人も多かったと思います。
⑦転換(新しい糸口が見つかり)/⑨難問
ジャンプの編集者から高校を卒業したら連載しないか打診される藤野と京本。喜ぶ藤野に対して、京本は浮かない表情。
京本は美術大学で本格的に絵を学ぶために一人の力で生きていきたいと藤野に告げる。
藤野は反発しつつも、「もっと絵が上手くなりたい」という京本を尊重して、別れることを受け入れて一人で連載を始める。
マンガを連載することはマンガ家を目指す二人にとって悲願なはずです。しかし、京本は背景美術の世界に関心を持ったことで、大学進学を志します。二人の転換点であり、いわゆるミッドポイントと呼ばれるものです。
長い第二幕を前半と後半に分ける部分ですね。
映画で何度も描写されていた繋いでいた二人の手と指がついに離れてしまいました。
映画や物語は丁度尺の真ん中で大きな盛り上がりを見せますが、ここから一気に展開が急落します。この起伏がドラマフォール(沼田やすひろ氏)やドラマギャップ(DK先生)と呼ばれるものです。
転換の盛り上がりが大きいほど、これから落下する展開のインパクトが強くなります。この感情落差を意識することで、物語は劇的になります。
⑧試練(しかし新たな困難が)/⑩無縁
都会に出て一人でマンガを描く藤野。
アシスタントの件で担当編集とやりとりをしているが、適した人材がいない様子。
イライラが募るのか思わず貧乏揺すりをしている。
連載自体は順調なようで単行本が11冊出ていてアニメ化も決定している。
2016年1月10日、テレビで京本が通う学校に不審者が現れて事件が起きた様子が報じられる。
急いで京本に連絡を取ろうとするが通じない。母親に尋ねると衝撃の事実が明らかになる。
過去を回想する藤野。
雪の中で京本と歩いている。将来、連載することになったら超作画でやりたいと語り合う。実はこの時のやりとりがきっかけで京本は絵を上達させるために大学に通う決意をするのだった。
ここからは辛い展開が続きます。まさに藤野にとって試練です。DK先生の汎用ストーリー構成でいう『苦難続きパート』に突入します。
また、原作のマンガにはない展開ですが、映画だと藤野の理想のアシスタントがいないことで、京本の存在がいかに特別で唯一無二のものだったかが強調されています。
いきなり不審者が学校に現れる展開は唐突に感じてしまうのですが、
実際に京都アニメーション放火殺人事件のような悲惨な出来事が起きたことで、
説得力を持ってしまいました。
物語は現実を土台にして成り立っていると感じさせられますね。
ここは第二幕前半で二人の関係性の尊さを表現していたからこそ、ここで京本を失った藤野の心情の葛藤に観客は感情移入してしまいます。
⑨破滅(破滅へ向かい)/⑪窮地
ショックから急病という名目で、マンガを休載する藤野。
京本の家では彼女の遺影が飾られている。
部屋の前に訪れた藤野は、自分がマンガを描いた遠因で京本が死んでしまったと判断する。
京本を部屋から出さなければ、こんな惨状にはならなかったのに。
廊下に置いてあった週刊誌にあの時描いた四コマ漫画が挟まっていた。それをビリビリに破く。
すると、「出てこないで!!」のコマがするりと京本の部屋の扉の下の隙間から入っていく。
藤野にとって破滅的な展開です。
大切な親友である京本が死んだのは自分がマンガを描いていたからという解釈をしてしまいました。
このまま、マンガを描くのを辞めてしまってもおかしくないトラウマ体験ですが、ここから藤本タツキ先生はアクロバティックな方法で物語を盛り上げていきます。
⑩契機(工夫により明るさが)/⑫光明
世界線と時間軸が切り替わる。
別世界の小学四年生の京本の部屋。
部屋の下から「出てこないで!!」と描かれたマンガが入ってくる。
それを幽霊だと思った京本は、部屋から出ずに藤野と出会うこともない。
数年後、『背景美術の世界』という本と出会った京本はAO入試に合格し、大学に通うことになる。
世界線が変わるこの展開は、パラレルワールド説や藤野の妄想説など受け手にとって解釈が分かれる部分でもあります。
いずれにせよ、絶望的な状況の中で状況を変化させる何らかの契機を得たと考えられるでしょう。
⑪対決(対決成功)/⑬勝負
そして、運命の2016年1月10日に不審者が学校に現れます。
京本は襲われますが、この世界線ではカラテを続けていた藤野が助けに入り無事に命が助かります。
再びマンガを描き始めたと京本に伝えた藤野は、今後また連絡を取り合う約束をします。
その際に、京本にアシスタントになって欲しいと伝えます。京本は嬉しそうに微笑みます。
こちら世界線では藤野は京本の助けを得ていないため、マンガを描くのを辞めてしまっています。しかし、京本がこちらの世界でも大学に通ったように、藤野もまたマンガを描き始めるという不思議な因果が描写されています。
①日常で、藤野は運動神経が良いとクラスメイトに評価されていることが伏線になっているので、京本を助ける展開に説得力がありますね。
不審者との、悲劇的な運命との対決です。
⑫排除(障害の排除にも成功)/⑭結末
無事に大学から帰った京本が四コママンガ『背中を見て』を描く。
主人公のピンチに助けに現れる藤野先生。不審者を倒すも背中を怪我しているという内容。
再び世界線が交差する。
京本を失い、マンガを描いたせいだと部屋の前で自責している藤野。その時目の前に扉の下から四コママンガが入ってきます。不思議に思い、京本の部屋に入る藤野。
部屋には藤野が刊行したマンガの単行本やアンケート用紙がある。
ふと振り返ると、扉には初めて京本と出会った日に、『藤野歩』とサインした赤いちゃんちゃんこがあった。
二人で過ごした日々を思い出す藤野。
マンガを描くのは大変なのに、なぜ描くのか?
マンガを見せた後の京本の嬉しそうな笑顔に答えがあった。
ここのシーンは、劇的ですね。
赤いちゃんちゃんこは二人を繋ぎ結ぶアイテムとして効果的な役割を果たしています。
ちなみに、劇場映画特典のネーム段階の単行本には、扉に複数の四コママンガの紙が貼られていたのですが、完成作品ではちゃんちゃんこに変更したようです。印象に残るアイテムとしての活用は見事ですね。
マンガを描かなければ、京本と過ごした特別な日々も生まれなかった。どれだけ辛い現実があっても、前を向いて歩まなければならない。
藤野はマンガを描かないという選択を排除します。
⑬満足(すべての満足を得る)/⑮閉幕
仕事場に戻り、ガラスの壁に『背中を見て』の四コマ漫画を貼り付ける藤野。
液晶タブレットにペンを走らせる。
徐々に景色が変わっていく中で、ずっと描き続ける。
夜になり、その場を去って行く。
まさにポスターの『――描き続ける』ですね。
テーマの『藤野はマンガを描き続けられるのか?』に答えが出て、観客は満足感を得たと思います。
改めて、全体像を確認してみましょう。美しい構成に気付くはずです。
↑画像クリックで拡大します↑
今回は構成について解説してみました
『ルックバック』は単行本一冊に美しくまとめられているので
構成を学ぶのに非常に適した作品です
また、映画との比較もできるので学びになります
物語の面白いところは
こうして分析しても面白さが消えるどころか
それ以上に作家の凄さを体感できるところですね!
物語を楽しんだら、すぐにまた別の物語に手を伸ばしたくなりますが
たまには一度立ち止まって振り返ってみると
新たな発見があるかもしれませんね★
参考資料:
・シナリオライティングの黄金則 ー コンテンツを面白くする ー 金子 満 (著), 長尾 康子 (編集)
・超簡単!売れるストーリー&キャラクターの作り方 沼田やすひろ (著), 金子満 (読み手)
・ルックバック 藤本タツキ (著)
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